支離滅裂になってきた政府・日銀の経済政策にリスクの芽
最近の政府・日銀のコメント、政策運営が支離滅裂になってきたので、コメントしておこうと思います。
まず、日銀黒田総裁ですが、9/15の金融政策決定会合後の記者会見で
「企業部門、家計部門ともに所得から支出への前向きな循環メカニズムはしっかりと作用し続けている」
と説明しています。
これを理解するために経済の循環メカニズムについて簡単に説明しておきます。
生産から説明をスタートさせると、経済の循環メカニズムは以下のとおりです。
① 生産活動が行われ、労働者は給料を、企業は売上を得ます。
② 労働者は給料を使って消費します。企業は売上から得られる利益をもとに、生産拡大や効率化のために設備投資を行います。
③ これらの消費や設備投資、および海外への輸出のために再び生産活動が行われます。
そして、①に戻って、再び、労働者は給料を、企業は売上を得ます。これが①→②→③→①→②・・・
と延々と回っていくのが経済の循環メカニズムです。
生産活動が徐々に拡大していく場合を「前向きな循環メカニズム」とか「循環メカニズムが強化されている」などと表現します。この場合、生産活動の拡大がさらなる所得・企業収益の拡大を通じて、さらに需要を押し上げて生産が拡大という正のスパイラルが働きます。
逆に、生産活動が徐々に縮小し、その結果、給料や売上も減少して、消費・投資も減少して、生産活動が低迷していく場合がデフレスパイラルで、「循環メカニズムが毀損している」とか「弱まっている」などと言われます。
(2)大規模な金融緩和が行われ、為替が円安にシフトし、輸出が回復に転じた。また、(円安で)輸出価格が上昇し、企業収益が改善した。
(3)更なる企業収益の改善期待が株価を押し上げ、資産効果から消費、設備投資が回復に転じた。
(4)輸出・消費・設備投資の回復が生産の拡大につながり、2013年の春頃から経済の循環メカニズムが強化されていった。(2014年初まで)
(5)しかしながら、2014年春の消費税率引き上げの影響で消費が大幅に落ち込み、生産活動も停滞を始めます。他方、円安傾向が続いたことから、消費のマイナスは企業部門には及ばず、企業収益の回復傾向から設備投資も緩やかな拡大傾向が続きました。(2014年中)
(6)2015年初頃から新興国経済の不振が鮮明になり、輸出が頭打ち。さらに円安が止まったことで企業収益も頭打ちになったことから、生産活動が緩やかに減少に転じた。
(7)生産活動が停滞したことで、設備投資も頭打ちになってきました。(2015年秋)
このように、2012年からの日本経済は、金融政策と循環メカニズム、及び海外経済の動向(を受けた輸出の動き)でほとんど説明することができます。
整理のため、現在の状況を循環メカニズムの考え方をまとめると以下のとおりとなります。
・生産活動が停滞している。(2015年1月頃ピーク)
・生産活動の停滞を受けて給料が増えないので消費も頭打ち
・生産活動の停滞、円安が止まったため、企業収益は高水準ながらも頭打ちとなり、設備投資も停滞
・新興国経済の減速から輸出は減少傾向に転じている
・消費・投資・輸出がともに伸びないので生産活動が増加に転じる気配はなし
『企業部門、家計部門ともに所得から支出への』前向きな循環メカニズムと言っているので、恐らく、企業収益が過去最高水準にあること、家計部門の給料がアベノミクスで回復したことを根拠に、これがこれから支出(消費・投資)を押し上げると言いたいのでしょう。
しかし、これは、経済の循環メカニズムの一部しか見ていないということになります。日銀は、循環〔ひとまわりして、また元の場所あるいは状態にかえり、それを繰り返すこと(広辞苑)〕の意味をよく理解せずに使っているということです。
失われた20年の間、日本銀行のこのような基本的な状況判断の誤りから、政策対応の遅れを招いてきました。今回もリスクとして認識しておいた方が良さそうです。
また、安倍総裁は、9/24の記者会見で「デフレ脱却はもう目の前」と語った上で新3本の矢を発表しました。
しかし、デフレ脱却はまだ道半ばであることは、最近の経済状況および前段の説明で明らかだと思います。今月の月例経済報告の記者会見でも、下方修正でないとの説明に経済産業大臣が苦慮していたとの報道もありました。
念のため、デフレ脱却への道のりを整理しておきます。
まず、デフレ脱却は以下の方法で成し遂げられます。
大幅な金融緩和と財政刺激で生産活動を刺激
↓
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強い需要によって価格が上昇に転じる
この道のりの中で、肝心の経済の循環メカニズムを、財政収支均衡のための消費税率引き上げ(2014年4月実施)が弱めてしまったのが今の状況です。
アベノミクスの基本的な枠組みが間違っていたとは思いませんが、このタイミングで、デフレ脱却と診断することは、次の政策判断を誤るリスクがあります。
特に、「金融緩和によって起きた円安の結果としての物価の上昇が家計の実質所得を減少させて経済低迷の原因になっている」という考え方が与党で唱えられていると報道されています。
これは、(1990年代後半から2000年代前半によくみられた)金融緩和を抑えて財政支出を増やし、選挙前に予算をばら撒きたいとの心理からくるものと思います。
家計の所得が増えないのは、(消費税率引き上げ後の消費低迷が招いた)生産活動の低迷が主因で、円安に原因を求めるのは全くの誤りですが、現状を、デフレ脱却をほぼ成し遂げた状態とすると、これ以上の金融緩和は逆効果との主張に反論しにくくなります。
新3本の矢は具体策が示されておらず、今後、どのような政策が実行されるのか不明ですが、財政支出を大幅に増やすことが困難な中で、参院選に向けて落ち込んだ支持率を回復させるには株価を持ち上げる以外にないと思います。
その場合、最終的には金融緩和に頼らざるを得ないというのが基本シナリオですが、最近の政府・日銀の支離滅裂なコメントをみると、またもや政策対応を誤って逆噴射するリスクも無視できない状況になってきたので注意が必要です。