ギリシャが緊縮策を受け入れる意味
今回は、緊縮策継続を受け入れたギリシャ経済の行方について考えたいと思います。
債権者が国内の民間部門であれば、政府は徴税権をもっているので、増税で解決を図ることも可能ですが、海外への負債の返済の場合は、輸出や観光等のサービス提供によって獲得した外貨で返済する必要があります。
返済資金を獲得するために輸出(以下、観光等の外国人に対するサービス提供も含む)を増やすためには、①国内の消費を減らして輸出に回す、②設備・雇用の稼働率を高めて生産量を増加させる、③投資で生産能力を拡大する、の三通りの方法がありますが、経済が自由競争化しているため、いずれの場合においても商品・サービスの国際競争力(コスト競争力)を上げなければ売ることもできません。
例えば、外国で100円で売られているものを120円で製造していてはどんなに生産能力があっても売ることはできません。
そこで、まずは100円のものは少なくとも80円で製造できるようにしなければならないことになります。
ここで、為替の調整が可能であれば、通貨を20%減価させることで価格の調整を容易に行うことが可能になります。
※実際には海外から仕入れる原材料費が上がるので通貨とコストが同じ比率で下がる訳ではないが、考え方としては為替減価の分、国際競争力が向上します。
過去の経済危機は全てこの方法で対応してきました。
しかし、為替のメカニズムが利かない場合は、①生産性の向上でコストを下げる、②景気低迷で物価・賃金の低下を実現する、のどちらかで価格競争力を上げる必要があります。
生産性の向上は実現できれば最も成果を誇ることができるので政治家、官僚は産業政策によって生産性を向上させようとします。しかし、過去の事例研究ではほとんどの場合、効果がなかったとされています。
それは、情報化・IT化が進んだ結果、生産上のノウハウ等がすぐに模倣されてしまうため、生産性の優位性を長期間維持することが難しいことが要因と思われます。
実際、今回のギリシャでは、生産性の向上については全く考慮されておらず、2番目の「景気低迷で物価・賃金の低下を実現し、これで国際競争力をとり戻そう」という政策が採用されてきました。おもな貿易相手国はEUのため、ユーロの平均を上回る賃金・物価水準の引き下げが実現できれば、価格競争力が向上し、輸出を拡大することができます。
さて、緊縮策を実施してきた2010年からのギリシャ経済の状況を実際の統計で確認してみると、以下のとおりとなります。
消費者物価指数の前年比%
2010 2011 2012 2013 2014 2015(見込み)
ギリシャ 4.7 3.3 1.5 -1.0 -1.4 -.0.3
ドイツ 1.2 2.5 2.1 1.6 0.8 0.2
フランス 1.7 2.3 2.2 1.0 0.6 0.1
経常収支(100万ユーロ)
2013 2014 2015(見込)
ギリシャ -4615 1088 1656
これをみると、非難を受けながらも緊縮策の効果はそれなりに出ていることが分かります。特に経常収支が黒字化したということは、キャッシュフローが回り始めたということであり、実質的な返済猶予や債務の減免が行われれば、問題を解決できるレベルまできたことを意味します。
最も、2012年以降のギリシャとEU主要国の物価上昇率の差は累積で高々5%程度です。その間、ユーロがドルに対して20%減価したことが利いているものの、その恩恵を受けて経済が回復したドイツ向けに輸出が増えた面が大きく、ギリシャの国際競争力確保という意味では、まだ不十分です。
アジア通貨危機の際には、当事国の通貨は50%程度減価しました。また、直近での日本の円は1ドル=80円から100円程度まで20%減価したことで経済状況が目に見えてよくなりました。こうした過去の事例から考えると、経済に大きなインパクトを与えるためには20~50%ぐらいコスト競争力を改善することが必要であり、現在のギリシャはさらに10%以上の調整が必要と思われます。
経済のトレンドから見る限り、その程度の調整が行われるには、まだ5年程度はかかるものと思われます。そして、価格競争力を確保できても、それからさらに負債の返済を行っていかなければならないことを考えると、10年以上は経済低迷を覚悟しなければいけないことになります。ドイツを初めとするギリシャに緊縮策を強いる国々はこうした長期の経済低迷を強いていることを意味しており、過去に経済危機を起こした国のその後の状況をみても、かなり理不尽な状況に置かれていることが分かると思います。
こうした状況も踏まえて(これほど理論的な考察を行っているわけではないと思いますが)、ギリシャ政府が負債の減免を求めています。
しかし、負債の減免の条件として、ドイツ等は緊縮の継続を求めてくると思われ、負債の減免による負担減で経済を改善したいギリシャの意識とは大きな乖離があります。
いずれにしても、ユーロを離脱しない限り、相当長い期間、経済が低迷した状況を覚悟しなければならないということであり、ユーロ圏にとどまることがギリシャの利益になるとの主張に対しては、その根拠が不明というのが結論です。